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世の中からはみ出した両性愛者と同性愛者が語る彼是

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差別と軽蔑と俺

日常の彼是

前略 Gasako&観覧者の皆様

ご機嫌麗しゅう
お久しぶりです。Shioriです。
実家の仕事が忙しくってやっと更新…はぁ。

前回のGasakoの記事よかったね。
この子毎回いいこと言ってる。すごいね。俺ここまでいろいろうまく詰め込めないもん。

今回はGasakoから回ってきた
「差別をしたことがあるか」
について身ばれ覚悟でお話ししたいと思います。

結果から言うけど
俺は差別はしないけど軽蔑はします。

自分が差別をされ続けてたから。
異端だと(もちろん厨二病的な意味ではまったくなく)排除された時期がありました。

俺は15年以上前からサッカーをやってるんだけどね。
開始当時、サッカーは男子のスポーツだったの。
「なでしこ」なんて騒がれたのはここ数年の話。

俺はサッカーが大好き。3歳からやってればそりゃ愛着は湧くし生きがいにもなる。
その後故障と家庭問題のストレス、排除等で統合失調症と解離性人格障害になっちゃうんだけどね。
(信じるか信じないかはあなた次第)

話がずれたから戻すけどね
当時モンスターペアレント生産期に入ってた俺の学年では俺に対して冷たい言葉しかなかった。
「女子がサッカーをしてるなんて信じられない」「頭がおかしい」
「男好きなんじゃないの」「周りと違うことをして楽しいのかしら」
これが保護者集団に言われた言葉。
同い年の子には
「変な子」「変わり者」
みたいなことを言われた。
一緒にやってた男子は「頑張れ」とか保護者の方も「すごいね。胸は張ったほうがいいわよ」
と称賛してくれた。

でもやっぱ批判的な声が多くって
教師にも「お前はサッカーより勉強をしろ。ろくな大人にならない」とまで言われた。
当時、サッカーボールとスパイクだけあれば他なんかどうだってよかった
どんなことを言われようが、何をされようが。

俺は絶対に負けなかった。
負けないで全国大会で成績を残した。
そこまでしても中学のサッカー部には入れてもらえなかった。
理由はPTAがうるさいから、自分たちが責任をとれないから。
顧問にも、校長にも土下座をした。
それでも入れてもらえなかった。

ここでは流してるけど、教師や親のありもしない嘘で俺をいじめる人は後を絶たなかった。
仕方なく入ったテニス部で腕をバットで思い切り殴られて骨折もした。

俺の性格もよくないのかもしれない
でも批判しかできない保護者や教師やその他の人たちもどうかしてる。
差別をして、見下して、それでいいのか。
そういう人間を俺は軽蔑してる。

人の心理って不思議なもので
「自分たちより劣ってる存在を罵り、差別し、それで自分が優位な立場にいること」
に安心する節があると思う。

だから戦争もいじめもなくならない。

ほかにも俺を差別する理由はたくさんあったのかもしれない。
男になりたくって俺といい、自分の意思を自分の中の正義にし(でも人に押し付けたりとかではなく)
ほかの子より背伸びをしていた。
でも、それは赤の他人である相手には関係のないこと。
面白半分でからかわないでほしかった。
ここは大きな声で言うけども、ありもしない噂話を流したクソ保護者を軽蔑した。今でもしてる。

俺は十人十色という言葉が大好きなんだけど
自分の色と違う人間を排除することほど馬鹿な行為はないと俺は思ってる。
絵の具は色があるほどいい。
いろんな色を混ぜれるから。
そんなことにも気付けず差別し罵倒し排除し。
そっちこそ頭がおかしいんじゃないかと。
教師にすら思ってた。

授業の時間自分の意見を書いただけで模範解答に書き直せと教師に囲まれ言ってきた教師に俺は同じようなことを言った。
「他と違う意見を書くことがいけない事なのか。模範解答を求めるなら感想文を今後一切書かせるな。そういうことを平気でする教育は教育じゃない」
まぁ当時いきがってたからすんなりいえました。

少し差別とは違うかもしれないけど今度社会風刺で書きたい題材。

俺の長い自分語りだけど、俺はそういう経験を経て
「人の人生や運命を尊重して、受け入れながら目を見て話を聞ける大人」になりたいと思った。
どんな事実にも目をそむけないで、自分や一般論から外れた話でも、自分の知らない景色を受け入れていきたいと思った。少なくても今の話はブーメラン刺さってるけどね。
俺が相手を軽蔑してる時点で同じ立場だもん。

長くて何を言ってるかわからなくなってきた(笑)
とにかく、そういうこと

話は変わるけどGasakoは今の教育事情どう思う?

草々

平成26年2月20日
Shiori

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私が見たもの

私達の日常

前略 Shiori様




今回の記事は、私の前回の記事の終わりに書いた中高の事を書こうと思います。


(長い自分語りですがご容赦ください、読者様。)



私の当時の中学は、いじめも無く皆それなりに仲が良くそれなりに平和的な学校だった。
でもふたを開けてみたら、それなりにしがらみもある学校だったわね。
今の私のうんこキラキラハッピーな性格が形成されたのもこの時期。

中学入学以前の私は、小学生にありがちな男子と女子の喧嘩を毎日していて、よく女子と対立していた。
しかもひどいときは、泣きながら女子に反撃とかしてた。本当に恥ずかしい。
まぁ、喧嘩してたのは、クラスで発言力を持っていた女子なんだけどね。(こんな幼少期から反権力思考、ヤダコワーイ)嫌われてた理由は、デブでキモイとかかしらね。そこら辺は知らないは。(デブなのバレたー)
そのくそ生意気な女子達以外の地味目女子とは、比較的温和に何も無く過ごしてたはね。


中学入学後は、自分の小学校の生徒の2/3が通っていた中学に入学流れていたから(生意気女子たちも)小学校と扱いなんて変わらないだろうなと思っていたの、でも最初の授業の自己紹介でやらかしたの私。
自分の前の人の番を飛ばして自分が立ち上がって、何事も無く自己紹介を始めようとして気づく、時すでに遅し。
私顔面赤面、皆大爆笑、それにつられて私も笑う。この時ね「自分が笑われている事」に笑ってしまったの。(私はマゾヒストなのでしょうか。教えてください。)
これだけなんだけど、私の中の何かが吹っ切れて、また何度かやらかして面白い子(痛い子)認定されるようになったと自己解釈。

それで色々な人たちに話しかけた。人と話すのが大好きになったのはこの時くらいかな。
小学校の時のくそ生意気な女子達と話す機会もできて、なんか愉快な事をしてる私を気に入ったのか、その子達とすごい仲良くなった。
多分、中学生になって小学生の事なんか忘れて仲良くしてる私たちいい子アピールか、ただ単に中学生特有の面白さ至上主義を謳歌していたかのどちらかね。どちらにしても、いがみ合っていた人達に理解されてると思えてたから、どっちでも良かったんだけどね。捻くれた解釈。

その子達は中学でも発言力のあるグループになっていたわね。自分は誰とでも仲良くしたいスタンスだったから、わかりやすくグループ入りはしなかったんだけど、よくおしゃべりする位の立ち位置になっていたはね。わかりやすく言うと「準レギュラー」「派遣社員」かしら。
でもそのグループの人達は、面白いことならどんなことでもOKだと思う節があって、よくオタク男子とか小馬鹿にしてた。(自分もそれで笑ってたから人のことは言えませんが)でもその子達は悪びれてなかったし、面白いし、さも自分達が正義でしょ。みたいな感じだった。その傲慢さが嫌だったし、見てて面白かったのも嫌だった。
男子とかのからかいとか、酷い発言を言われたときとか、彼女たちの発言力の大きさを利用してその男子とかを糾弾したりした。だから私が一番卑怯なの。

そんなこんなで長く彼女たちとは付き合うことになるんだけど、発言力の強くなっていった彼女達に嫌われてまた小学校時代に逆戻りしてしまう恐怖で面白いことをしなくちゃいけないんだって思ってたのが苦痛だった時期があったわね。

また当時は前略プロフィールが主流で、当時のTwitterにあたるものに、皆自分のつぶやきみたいなものを書いてたの。
大半がバカみたいなネタなんだけど、たまにある個人名の無い批判みたいなものがあってそういう投稿が私の疑心暗鬼を加速させたわね。
ネットで失言したら、次の日の現実世界で村八分とかもあったし、経験済み。ネットの問題はまた別で触れたいと思う。
(社会風刺あたりで)
苦痛だった時期とネットの恐怖との時期が重なって、嫌になって避けたこともあったり、意味深な発言で試すようなこともして、徐々に村八部になって、ほとぼりが冷めてまたやらかして、本格的にバカにされるようなことが二年の終わり頃から三年の卒業まで続いたはね。この時期が一番辛かった。


中学校は色々な問題があった。「ヒエラルキーの問題」「ネットの問題」などなど、やはり学校は社会の縮図だ。
一番気づかされたのは、笑いの中にある差別の問題かな。
「笑いは差別だ」と私の大好きなタレントの方(あえて名前は控えます)が仰っていて、この言葉聞いて真っ先に中学の事をおもいだした。
上に書いた自己紹介の話に{「自分が笑われている事」に笑ってしまったの}と書いたんだけど、

この「自分が笑われている事」って言うのが、法則が決まっているのに順番を間違えた私をお面白いから笑ったて事。
簡単に言うと人と違うことをしたから笑った、これって差別の構図と似てるよね。

この時は皆が笑っている事から解放されたくて、自分も笑ったんだと思う、人って緊張状態が解けたときに笑うってTVで言ってたから。だから自己防衛のために笑ったんだと思う。
差別されるのを逃れるため、私も皆を笑って差別してたんだと思う。



人間が生きてる限り差別は無くならないと思う、だって笑ってると楽しいもん。笑ってないとしんどいもん。



書いてて悲しくなっちゃった。高校の事はまた今度機会があったら書こうと思う。



Shioriは差別したことある?



草々

平成26年2月15日

Gasako

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正当化することによって得られるもの

日常の彼是

前略、Gasako様&観覧者の皆様

こんにちは
ご観覧ありがとうござます。

今回はGasakoから回ってきた
「自分正当化人間」
についてぐだぐだ話していこうと思います。

観覧者の皆様は、自分の思ったことが世界の正解だと思いますか?
と…少し規模が大きすぎましたね。
すこし身近に変えて、あなたの思ったことがあなたの周りでは正解になると思いますか?

きっと大半の人はこういうでしょう
「わからない」
と。でもそれでいいと思います。
人は環境によって変化する生き物です。

では、少し話はずれましたが、自分を正当化する人についてお話をしたいと思います。

自分を正当化することは周りに自分の意見を押し付けるということです。
ああしなければいけないこうしなければいけない。
それをしたらおかしい、アレをしてもおかしい。
あの人変だよね、そういえばそっちの人も変。

そうやって自分を正当化しながら気楽に生きたい人の輪は広がっていきます。
正直、人に流されたほうが楽っていうのはあるかもね。
でも、それでほんとにいいのでしょうか。

Gasakoの言うとおり、(前記事参照)選択肢にはいつだって分岐が存在してAがDに、BがFにつながることだってあります。
社会風刺に入れるべきかと悩むような話に一旦それますが、近年○○モンスターと呼ばれる様々なクレーマーがいます。
クレーマーにくくってしまうのもおかしな話なのですが…(その方にも意見があり答えの選択肢)
その方々はドラマを見たら「こんなんじゃない」アニメを見たら「卑猥だ、犯罪だ」ゲームをすれば「犯罪者を生む」いじめがあれば「うちの子は悪くない。教師が悪い」
こういう方は代表的な自分正当化人間だなぁと個人的に思います。

大勢の人が楽しんでいる作品にいちゃもんをつけ、わけのわからない根拠もないものを押し付ける
フィクションとノーフィクションすら見分けもつかない
おまけに自分の子供がいじめをしている事実を否定し周りのせいにして自分の教育方針を振り返らない

自分はこういう方を正直「ご立派ですね」とおもってみています。

そうやって考えを押し付けることによってどんどん偏った頭の固い集団ができ(ここの頭の固いは1つの答えしか浮かばないということです)結局本来すこし柔らかく考えれば素晴らしい結果が出たかもしれないのにそれを放棄しかもしれなかったものを自ら放り投げるわけですから、残念で惜しいことをしてしまってると思います。

いじめや、フィクション作品に関しては社会風刺で別記事でかきたいなぁと思ってます。

と、話はずれてしまいましたが。
こうやって書いてる私の言葉ですら正解ではないのです。
もしかしたら画面の向こうの貴方に嫌がられているかもしれないし
はたまたそちらの貴方には同意だと思っていただけているのかもしれません。

前文で述べた言葉ももしかしたら正解かもしれませんし不正解で違う答えがあるかもしれません。
どんなことにも
「これ」も答え「あれ」も答え。でも「そっち」も素晴らしい。
こんなことが振り返ればあるかもしれません。
誰かの話に少し耳を傾けることで、「可能性」がどんどん広がっていくのです。
それってすっごく素敵なことだと思います。

幼いころから2択しか答えをもらえない事には疑問でした。
道徳の時間、みんなと違う答えを、真逆すぎる答えを書いたとき怒られたことも疑問でした。
人の優しさや気持ちなど2択では表しきれないことに気付くべきだと。

どんなに学校で道徳を説いても
2択しか与えないのなら答えなんてありません。
もっとたくさん答えを探してください。

この答え探しはまるで幼いころに楽しんだ勇者の冒険、ゲームのようなわくわくするような、どきどきするような
そんな新しい時間や世界を見れると思います。
宝の地図をもとに、道草を食いながらでもいいのです。
自分はそんな風に答えを探しながら生きていきたいです。

見つかるまで保留でいいのです。
無理に見つけた答えに正解などありません。

時間は、無限なのです。

ところでGasako。
Gasakoの今まで見てきた景色が気になるのさ。
Gasakoはどんな時間を生きてきたの?

草々

平成26年02月15日

Shiori

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自由の中にある無数の選択

日常の彼是

前略 Shiori様

前回のコラムを読んで、Shioriから
「Gasakoにとって正しい答えって2つだと思う?」と疑問が投げかけられたので私の考えを述べたいと思います。

私にとって正しい答えは二つなんかじゃないわね。
その時その時の最良の選択を毎回しているつもりではいるわ。
だから答えは二つなんかじゃ足りないと思うの。答えは分岐してる枝葉の如くあると思うわね。

でも思ったことがあったの。答えAと答えBがあるとして、答えがその二つしかないと思っていたら、その二つの答えだけ考えていれば楽だよね。
選択肢が増えれば増えるほど、他の答えを考える時間も増えてくる。
自由度が高くなればなるほど、身動きがとりづらくなるのと似てるなって。(身動きとりづらくなるかは、性格うんぬんの問題ですが)
だから、沢山ある選択肢に目をつぶり、気づいているが気づかない振りをして、自分の選んだ道が正しいんだと言い聞かせて生きてる人もいるんじゃないかって思ってさ。

別にその人達の事を否定してるわけじゃない。自分の人生じゃないからどうでもいい。
ただ、自分の正当化の為に相手を否定することはしてほしくないわね。

自分正当化人間はやっぱり選んできた選択肢にそこはかとなく不安を感じていて、色々な選択肢を持ち合わせてる人間の存在自体が自分正当化人間の存在否定になっているから、躍起になって否定をするのかなと。個人的に推測してみました。

まぁ、私からしたら、自分正当化人間は、「毎度毎度おいしいネタを提供してくれて、ありがとうございます。私界隈で凄い人気です。」位のレベルよね。

話がそれたはごめんなさい。
1番厄介なのは自分正当化人間が大勢集まってしまったときね。
まぁー厄介。本当に厄介。
私が1番それを痛感したのは中高の時ね。

まぁ、中高の話は次のコラムにしようかしら。

Shioriはどう思う?
自分正当化人間?


草々

平成26年2月14日

Gasako

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世間体を考えながら生きるということ

日常の彼是

前略 Gassako様&観覧者様

俺も祝★初更新です。
さてさて、いろいろ議論したり思ったことを勝手に語ったりするこのブログで自分が初めて更新する内容は
Gasakoから回ってきた
「あれ(これ)を言ったり(やったり)したら、絶対に嫌がられると(変に思われると)思った。」
っていうのを個人的見解をもとに語りたいと思います。

おそらく世間体を気にして生きることについて言いたいのかなぁと思ったのさ。
俺は世間体を気にして生きることを悪いとは言い切れないけどいいことではないと思います。

人は1つのコンピューターでつながっているわけじゃないから、いろんな考え方や生き方や思想があっていいと思います。
確かにモラルは大事だしマナーも大事。
生きていく中での秩序を乱す最低限のルールが法律だと思ってます。
その最低限を守るのなら、どんな生き方をしても誰に何と言われようといいと思います。
言いたい奴には言わせとくのです。

たとえば
Aというグループが主導権を持っていてその輪の中でトップと言われていて、従わなければいじめられるとしましょう。
そのAというグループは、団体にならなければ発言も行動もできないのです。
仲間がいれば同じ考えだと流されていれば楽に平和に過ごせると思っているのです。

自分はその行動を悲しいと思います。
自分の考えを発言し、意見をもらい、新たな考え方を取り入れ
そんな風に生きたほうが実は楽なのかもしれないのかもしれません。

確かに、誰かの意見に同意することは簡単かもしれません。
でもたった一手間頑張るだけで新しい発見が見つかるかもしれません。

団体行動をとると、どうしてもまわりに合わせなきゃいけないから一手間の楽になるための道を放棄してしまうこともあるのかなって思います。
(そもそも人間社会が大きな団体ですけどね…)

だから
アレを言った奴は変だ
だとか
それ、誰も思ってないしそういうこというのお前だけだよ
とか
そんなわけないじゃん。多数派のほうが正しいよ
の概念は捨てたほうが、自由で平和的で賢い生き方だと思います。

少数派を異端だと、変だと思うのは個人的には幼い方なのかなぁって思います。
自分は、誰かの話を聞き、意見を聞いてもらい意見をもらい。そんな人生にしたいと思います。
そっちのほうが絶対楽しいもん。

だから、自由に生きていいと思うの。
自由に考えて、行動して。

それでもし考えていたことや、していたことが間違っていたのなら
正しい方法をまた考えればいいと思う。
正直世の中答えが2つなことのほうが少ないと思う。

Gasakoはどう思うのかね?
Gasakoにとって正しい答えって2つだと思う?

自由は、新しいことは、様々な思いは
きっと素敵な選択を生むと思います

草々

平成26年02月13日

Shiori

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